手帳に日記めいた文章を書くことを習慣にしているのだが、「今このタイミングで書いておきたいのだが特に書くことがない」という状態のときに「こんにちは、測量士です」とか「ベルガモットについて」とか「ゴート語の研究結果を報告したい」だとか荒唐無稽なことを書いてみては、「俺は測量士じゃないしベルガモットやゴート語について詳しくもないからもう何も書けないな」とひとり勝手に納得(?)するという不毛なことをしている。たぶんそのとき頭に浮かんだ好きな言葉を書いているのだと思う。数年前にカフカの『城』を読んでから測量士という言葉が折に触れて頭に浮かぶようになったし、ベルガモットは語呂が良いし(香りも好きだ)、ゴート語は名前がかっこいい上に、既に滅んだゲルマン語族に属する古い言語だとかいう属性も素敵だ。
そういう言葉と同じく、ウエストンの300という靴も折に触れて私の頭に浮かんできていた訳なんですね(唐突)。

仕事用に使っていたリーガル2504NAがガラス面のヒビ割れによりお役御免となり、シェットランドフォックスのストレートチップもかなりボロボロ(修理すれば使えないことはないが、、、)になってきたので、新しいの買わなきゃなーと思いつつ2年くらい放置。自分の中でスニーカー出勤が基本になりつつあるので、ストレートチップを買い足す必要が果たしてあったのかと言われると微妙。しかし、新品マイサイズがだいぶ安く手に入りそうだったのと、ずっと欲しかった靴でもあるので思い切った。帰省中の実家に届けてもらったので実家のベランダで撮影。蚊の猛攻に遭う。おいおい、、、こっちは高級ボディなんだぜ、、、(ジム通い)

ぶっちゃけウエストンの木型は私に合わないのだが、ルックスが唯一無二で替えが利かないので、どれだけ値上がりしようが「いつかは欲しいな」と思っていた。まあ今回は並行輸入品を買ったんですけどね、ケケケ。穿った目で見てしまった側面もあるだろうが、「直営店に並べるとなると、ここの部分で検品通らないかな?」と思うような粗が何カ所かあるにはあった。が、それもほとんど気にならない程度のものだったし、良い買い物になった。というかウエストンの並行輸入品が存在していたなんて知らなかった。右を見ても左を見ても値上げ値上げの中、庶民にはありがたい話である。

ファッションに高額をつぎ込んだのは久しぶりだ。服・靴に関しては以前に比べてかなり節制してきていたものの、それでもウエストンの300には抗いがたい魅力があった。ストレートチップだけども、「当然ですけど」みたいな顔をして普段使いしようと思っている。これを履いてジムでスクワットしてたらクールかもしれないし、ロードバイクに乗ってヒルクライムをキメたら街で噂になるかもしれない。

310とラストは同じはずなので、履いているうちに馴染んでくるとは思うものの、やっぱり最初は痛いんだろうな。やだやだ。そもそも私はなぜウエストンに固執しているのだろう。最初はゴルフのかっこよさから気にし始めたブランドだということは覚えているが、当のゴルフは未だに持っていないし。ローファーから入ってセミブローグ、ダブルモンクときて今回のストレートチップ。ああそうだ、11ラストの見た目が好きだからウエストンが好きなんだった。300を手に入れた途端に賢者モードに陥ってその辺りの思考が陥没した。まあ、初めて手にしてからもう7年とか立つはずなので、その辺の気持ちを忘れてしまうのも然りといえるかも。物欲が収まり、かつ、履いて痛い靴にもかかわらず手に入れたくなる、、、と書くと、自分はとてつもない魅力をこの靴に感じているんだろうと思う。
でもこの靴痛いんですわよ、履くと! これまで色々な靴を履いたつもりだが、こんなに痛い靴もそうはない。一応、11ラストで6Dというのは直営店でサイズを測ってもらった上での選択なのだが、どうも適正はEではないのかなという気がしてくる。

ちょっと前の記事で、物欲にかぶれていた頃の自分の文体を痛烈に批判した割には、その頃のノリで書いたものに近い内容の記事になってしまった。「自分はとてつもない魅力をこの靴に感じているんだろうと思う」とかスカした態度をとっている癖に、久しぶりに靴を買ったもんだからきっと舞い上がって何書いてるかも分かってないんだコイツは。このダブルスタンダード野郎!矛盾のかたまり!一貫性の欠如!
300という靴を題材に記事を書くに当たり、一番自分が書いてみたいのは、トゥの形状から受ける印象についてだ。冒頭で「ルックスが唯一無二で替えが利かない」と書いたが、それはまさにトゥの形状に特徴があるからだ。公式サイトでは「ラウンドシェイプのスクエアトゥはモダンで都会的な印象を与えます。」と言及されているほか、「セミスクエアトゥがフランスらしさを~」とか「エスプリの利いた」とか、300について語るときはトゥの形に言及されることが多い。

ではなぜこの形から「都会的」だとか「エスプリ」といった印象を受けるのかということについて書いてみたいという話だ。今は技術的&時間的に無理だが、いつかそんなことを書けたら楽しいだろうなーと思う。ロラン・バルトごっこがしたいんですよ私は。デザイン論とかから勉強する必要がありそうだから書くのは骨が折れそう。九鬼周造の『「いき」の構造』とかも考え方の参考になるかもしれない。初読時に失禁してしまったくらいすごい本なので、「参考」なんて言い方はおこがましいだろうか。ハハハ。
あと思ったのは「エスプリ」って便利な言葉だよなと。「フランスっぽい」と表現するより分かってる感を出せるし。でも「エスプリ」と言われても「あ~、ぽいよね」と何となく納得するのが精々で、その意味するところは理解できないよなとも思う。
精神、霊魂などの意味(例: Saint-Esprit は、キリスト教の「聖霊」の意。)の他、心のはたらき(知性、才気、ウィット[1]など)の意味もある。つまり、批評精神に富んだ軽妙洒脱で辛辣な言葉を当意即妙に述べる才のこと。その短い言葉は発言者、場所、時間から独立しうる。ラテン語の spiritus (空気・風の一吹き、息吹き) を語源とし、「湿気」を語源とするユーモアと違って、乾いた知的な営みで鋭い武器となる[2]。
ということらしい。ピンと来ない。引用部分に列挙された要素を持っているパリのモテ男が履いてた靴が300ということなのか? ビートルズが履いてたサイドゴアだとかパンクな若者が履いてた8ホールみたいな、分かりやすくイメージできる「履き手の代表」が存在しないからエスプリを雑に投げたマーケティングをしているのか? 分かんね~。
大体、フランスの「らしさ」という事柄についての認識が相当曖昧だ。冷静に考えれば生まれてずっと日本に住んでいるし、フランス人の知り合いなんて1人もいないから、フランスらしさなんて分かりようもないではないかという気がしてくる。フランス映画とかもそんなに見たことないし。バルザックとかゾラを読んだことがあるくらいだ。私がフランスについて知っていることなんて、ぱっと思いつくのは①料理が凝っている、②CFAフランがえげつない、③暴動が起こりやすい、④バカレロアとかいう試験があって、そこで哲学の問題が出るらしい、⑤サルトルとかレヴィ・ストロースとかバルトとかデリダみたいな知の巨人を何人も産んだ、などだろうか。
うーん。④はだいぶ昔から知っていたことだし、⑤は数年前から文学や批評に関心がで始めた頃から深掘りしているトピックだから、「頭のいい奴らが履いてたかもしれない靴」っていう魅力をウエストンに感じているのかもしれない。「頭良くなりて~」とは常々思っているし。
今後、11ラストの形から受ける印象について批評めいた文章を書く機会が来たときは、先に挙げた知識人の著作を読みつつ、フランスの教育環境とかパリの都市構造とかに着目して、自分の中の「フランスらしさ」の解像度をバリバリに上げてから書き始めたら面白そうだ。

実家の庭(ブローニュの森と呼んでください)、蚊も然りだが、蜘蛛の巣も相当多くて、通り抜けるのに苦労する。