久しぶりに図書館で勉強した

 大学生の頃は図書館で勉強することは定番だった。もっとも、不勉強な学生だったので試験前にしか勉強をすることはなかったのだけれど。卒業してからよく分かったが、作業や勉強に集中するための公共空間に手軽にアクセスできる環境というのはかなり有り難いものだ。

 

 私は、今住んでいるところには仕事上の都合で引っ越してきたのであり、この生活環境は望んで手に入れたものではない。夏は酷暑、冬は大雪、交通の便は最悪で、水道代は目が飛び出るほど高い。正直なところあまりこの町は好きではない。ただ、そんな町にもこれは良いなと思ったスポットが2か所ある。

ジャケ写みたいで気に入っている1枚

 1つはリバーサイドだ。家からすぐの場所だし、ランニングやサイクリングにうってつけ。色々な動植物に出会える。最近は暑すぎるのであまり行っていないが・・・。

 

 

これはGRⅢxで撮影

 もう1つが図書館。何といっても建物が素晴らしい。私はここに住むまでは雪国に憧れており、実際住んでみると雪が大嫌いになったが、この図書館に雪が積もっている景色を見ると昔抱いていた憧れが蘇りそうになる。それくらい美しい。近くにちょっとした山のような公園があり、夏には緑や土の匂いがする。良い場所だ。

 

 家に積ん読本が大量にあるので、そちらを先に読まなければという思いからあまり本は借りていないが、以前に住んでいた自治体の図書館よりも内容が充実しているように思うし、配置も見やすい気がする。せっかくの図書館だし(安くない住民税を払っているし)、何かもっと活用できないかと思ったのだが、ふらりと学習席を覗くと、えらく空いていた。しばらく都会に住んでいたから、図書館というのは学習席どころか閲覧席まで人でびっしり埋まっているという固定観念があり、この席の空きようには驚いた。ここ最近、自宅であまり勉強に集中できていないし、これは利用しない手はない、ということで実際に図書館で勉強をしようと思った。

 

 ところで、私は人が作業や勉強をしている描写のある文章や映像が好きだ。特に気に入っている文章を紹介しようと思う。

 

 時々辞書をひいたり、調べ物をするために二階にのぼっていく。厖大な蔵書をもつこの図書館はいつでも本当にひっそりしているが決してさびれてはいない。生き生きと静かに息づいている。高い、がっしりとした古い木の扉を押して入ると、そういう独特の雰囲気に包まれて僕は心が安らぐ。足のうらでやわらかくきしむ木の板を感じながら歩いていくと、ぎっしり並んだ書架のまわり、窓際に所々置かれた机に向って勉強している学生たちの鋭い顔が見える。一般にここの学生達は実によく勉強する。それも徹底したやり方で勉強する。一つのことに関する知識の全部を吸収するまでやめない。それはいかにもフランス的学校秀才の典型という感じであり、このいくらか知識偏重の傾きのある勉強の仕方には明らかにある限界があるだろう。だがそれでもこうして毎日何時間でも続けて一つの机に向い、文献の中から精密にノートをとっていくこれらの学生を見ていると僕はうたれる。何よりここには何世代もの教育、研究の伝統を通じてはっきり定着してきた学問の方法と意味についての根深い信念がある。どんな微細なものも一つの確実な方法に従って徹底的に、正確に研究していけば必ずそれは巨大な学問の体系の中に位置づけられる。そして学問の生きた体系の中にいる限り、ただ文献の中だけですごされる生活というものも生きた生活、現実の中に確かな意味を持つ生活でありうるのだ。そういう信念がここには静かに満ちているように確実にここで積み上げられてきて、今、あたかも目に見えるように部屋を満たしているのだ。それに支えられて学生達はゆっくりしたリズムで、だが根気よく勉強を続ける。(大久保喬樹、『パリの静かな時』、北洋社、112P-113P)

 

 『パリの静かな時』は大久保喬樹がエコール・ノルマルに留学したときのことを書いたエッセイだ。私は引用箇所を読んだときに悔しく思った。「勉強や作業をしている描写が好きなのは何故か」という、いつか自分で書いてみたかったテーマの答えがほとんど完璧に言い表されてしまっていたからだ。「僕はうたれる。」に私はうたれた。イーッ。

 

 普段出かけるとなるとジムかスーパーくらいしか行き先がないので、図書館に行くとなれば、それはもう大変にめかしこまなければならない。こないだ買ったウエストンのストレートチップも履いちゃう。私はこれからエコール・ノルマルに行くのだし・・・。 マルジェラの香水を付けて、リネンのシャツにもアイロンをかけて、珈琲を入れて・・・。なんてことをしていると準備にずいぶん時間がかかってしまったが、ある意味これが「勉強をしにいくんだ!」という良いスイッチングになっている気がしないでもない。普段はパンイチで腹を掻きながら勉強しているので、ちゃんとした格好で勉強するとサマになる気がするし。「フランス的学校秀才」めいた勉強をしようという気にもなる。

 

 蓋ができる容器があれば、学習席では飲み物OK。珈琲のボトルは専用のやつで、Amazonでよくセールになっているが、定価は4000円近くするプチ高級品。水のボトルは無印。安心の一品。ジムでも活躍する。

 

 勉強は結構はかどった。嬉しい。ただ、後ろにすわっていたおっさんが、2分に1回くらい「あぁ~・・・」とか「はぁ・・・」とかデカめの溜息をついており、イヤホンを持たずに来たのは失敗だった。図書館だからきっと静かだろうし、スマホは家に置いてきたからイヤホンは必要ないと思ったのだが、甘かった。次回には左耳のノイキャン機能”以外”が全部死んでしまったゼンハイザーのMTW4を持って行こう。これ以上に彼が輝く環境もそうないだろう。話が逸れるが、MTW4を買おうと思っている人がいたら絶対に長期保証に加入した方が良い。私はMTW3のときから使っていたが、公式の2年間の保証期間中に2回故障し、2回目に修理に出した際に代理店からサラっと新品のMTW4が送られてきた。そのときは小躍りしたのだが、結局MTW4も1年もたずに壊れた。品質は素晴らしいのだが耐久性が相当低い。ご注意を。

 

 おっさんが去り、さて集中にブーストをかけるぞ、というタイミングで腰が痛くなってきたのは残念だった。環境的には素晴らしいのだけれど、椅子が合わなかった。ただ、スマホを置いてきたのは大正解。どんなに環境が良くてもスマホがあると自宅と何ら変わらなくなる。少し考えてみれば、自分が本当にやりたいことに優先順位をつけたときに、スマホをいじるなんてことはランキング圏外も圏外だということがはっきり分かっている。それでも触ってしまうスマホの恐ろしさたるや。ヨヨヨ・・・。

 

疲れたら窓の向こうの屋根を眺めたり

 腰が痛むし、腹が減ってカタボリックになりそうだったので、論文を6問ほど解いたところで退館。あたしってば勉強より筋肉優先・・・?

 

これはEXLIMで撮影。普通に綺麗だ。

 

久美浜から移築されたという門。立派。

 イカした門をくぐったあと、寿司(回転)を食って帰った。良い勉強ができて満足。今からまた論文解きます。民訴、難しいけど好き。